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田舎

去年の10月、会社の出張と家族の帰省が重なったので久しぶりに田舎へ行ってきました。
子供の頃から全然帰っていなかったので約20年ぶりの帰省でした。

最寄りの駅(と言っても田舎まで車で1時間ほどかかります。これでも道路がかなり整備されてずいぶん近くなっていました)まで自力で行き、先に帰省していた家族に拾ってもらいました。
駅に降りてしばらく待っている間に駅前を少しうろついていました。記憶よりもずいぶん寂れて見えました。ただ駅前のまんじゅう屋はしっかりと覚えていました。

家族の迎えが来て田舎へ。新しい道を通ったので全然知らない風景でした。
町に入ると地形は覚えているけどランドマークはほとんど覚えていませんでした。

田舎は漁業中心の町で目の前に魚港があります。子供の頃は、そばの道路からだいぶ離れて海があったように見えたのですが今改めて見ると道路のすぐ目の前に海がありました。
同じように、子供の頃に歩き回っていた範囲が全然狭かった。これは自分でも予想外。子供の行動範囲なんかはこんなもんなんですね。

祖母に会いました。(祖父は30年以上前になくなっています)
ずいぶん痩せていたけど声も話す内容もしっかりしている。この理由は夜に親戚が集まったときに分かりました。
漁港だから漁師が多い。みんな荒っぽいそうです。そうなると女も負けてられず、となるみたい。親戚の女性陣は祖母を含めてよく喋ってやかましいくらいでした。
うちの男どもが荒っぽいかおとなしいかのどちらかの遺伝子を見たようでした。

昔からの大地主の話しを出てきました。病院を経営していて家族のほとんどが医師や大学の先生。残る一人が知る人ぞ知る実業家。漁港前の病院が町の規模に似合わずでかいのは実業家の出身地であることもさるながら、そういう理由だったことを知りました。ああ、納得です。

親戚のおばあさんもわざわざ来てくれました。90歳超えて年相応ながら元気でした。携帯電話を使いこなしているのを見てびっくり。
そもそもインターネットどころか携帯電話も無縁な田舎でしたけど(そりゃ携帯電話は見ましたけど、iPhoneなんて一度も見なかった)こちらが本当ではないかと思いました。
自分の住んでいる空間がそんなギャップの空回りしているように感じました。

メディアもテレビと新聞が主で、世間の懸案事項も別の世界の話しに見えていました。日頃以下にネット漬けだか分かります。
でも、伯母たちが政治問題とか鋭い意見をかっ飛ばしていたのには驚きました。頭で考えただけはなく地に足がついて生活しているからでしょう。自分がしっかり考えて情報を集めて生きているつもりでも、実はふわふわ生きているようにも思えました。

ネット環境はiPhoneのみでしたけど田舎にいた時はそんなに必要性を感じなかったです。自分が住んでいるところには必需品かもしれないけどそれだけはないんでしょう。
どちらかではなく、どちらもなんでしょうね。本当はそんな区別もいらなくて必要な時に必要なものを使って考えていけば良いんでしょう。

田舎には二泊しか出来ませんでした。行く前は長く感じましたけど滞在すると短かったです。
帰る日に祖父の墓参りに行って来ました。墓は山の中腹にあります。なんとなく場所を覚えていました。
そこからは田舎が一望できます。家が見えて海が見えます。その向こうはまた山です。

海を見ながら田舎を後にしました。海を見ると少なからず田舎を思い出すのはこういう風景が頭にあるからだと思いました。これからはチャンスがあれば何度でも田舎に帰ろうと思います。


1年に1回、いつものやつでした。


2011011501

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