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「革命日記」

5月4日、東京は駒場にある「こまばアゴラ劇場」で青年団第62回公演「革命日記」を見てきました。

今まで見てきた青年団の戯曲は、美術館のロビーや大学生たちのたまり場などのごく一般的な空間が舞台でした。
革命日記は、タイトルから予想できるとおり革命家たちのアジトが舞台。
これがどう現代口語劇として表現されるか楽しみでした。

いつものように観客席は満席。ちょっと狭いんですよねアゴラ劇場。舞台がものすごく近くなっている利点があるのでまあ我慢出来る範囲ですけど。

開演15分前から舞台となる建て売り住宅の一室で戯曲は始まっていました。
客席に背を向ける、ぼそぼそしゃべる、同時に話し出すなどもう驚きませんけど、出演者がみんな寝っ転がっていました。あっけに取られましたが開演時間まで途切れ途切れ聞こえてくる会話からそんな風にしている理由が分かってきました。

革命家のアジト。一般社会に溶け込む隠れ家。警察などの国家の目をかいくぐりながらそこでは革命を起こすべく計画を煮詰めている、というのがテレビや映画で見てきた光景です。
でも、革命日記では、そんなスリリングな状況はあまり起こらず、計画を詰めようとすればご近所さんがやってきて無茶振りするし、隠れ蓑の組織の連中が来て空回りするしで客席から笑い声が出るほど滑稽な光景が展開してました。
いくら社会の目をくぐり抜け反社会行動を行う組織でも、一般社会と途絶しているキャンプでも張っていない限りこんな当たり前の社会と関わりを持たざるを得ない。そんなギャップがテレビや映画のイメージよりもリアルでした。

とはいえ主人公たちが革命家なので彼らの会話はいわゆる普通ではありません。内部の微妙な関係があり、組織の決定にも問題があるようで、それでも目的を達成すべく彼らなりに葛藤しています。
「みんなが組織だから」と台詞がありました。日常で聞いたら違和感がないこの言葉も革命家たちの言葉となるとぞっとしたのを覚えています。組織というだけで思考のどこかが止まります。それが正しいのが当たり前なのか突きつけられたようでした。

このような日常と非日常を垣間見る戯曲は、ものすごく静かに幕となりました。(アゴラ劇場には舞台の幕はないですけど)
セミパブリックな空間で繰り広げられたいた彼らの日常が外部から見るという表現を一瞬で見せられました。客観視とも違った外部の目を通すと組織や運動、これが革命運動に限らず、の必至さが滑稽になっていることに気がつかされる、気がついていない自分たちがいるってことをです。

革命の行方も彼らが今後どうなるかは一切分かっていません。でも、たぶん誰か日記のページに残ったことは確かでしょう。ずいぶん印象に残った戯曲でした。

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