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「北限の猿」

再び、こまばアゴラ劇場にて青年団の「北限の猿」を見てきました。

青年団 第60回公演 『北限の猿』
『カガクするココロ』『北限の猿』2本立て公演
【作・演出】平田オリザ 2009年12月26日-2010年1月26日

少し早めに劇場に到着してしまったので他のお客さんを来るのを見てました。
意外だったのが当日券を買われる方が多かったです。ネットで予約して取れるかどうか毎回どきどきものなんですけど。見慣れている方はうまいもんです。

けっこう熱心な方がおられて係の方にいろいろ話していました。
最寄り駅「京王井の頭線駒場東大前」には劇場の案内があったのに今日は見あたらなかったとか。別になくなったわけではなく、今は階段横の壁に貼ってあるそうです。帰りに見たらちゃんとありました。

そんな光景を見ていると開演の時間となりました。

開演20分前の開場は、いつも通り。
舞台は「カガクするココロ」とほぼ同じでした。
大学の研究室の実験室のたまり場らしい。登場人物たちは研究員・大学院生たちがメイン。猿を進化させる研究に取り組んでいる教授がいてやっぱり一度も現れない。80分という時間の中で繰り返される「カガクするココロ」と似ているプロットの数々。

「カガクするココロ」を先に見ていたのでどうしても比較してしまうのは仕方がなかったです。その反面、十年後だろうと研究にしろ人の営みにしろ変わらないんだな、とその演出の妙に引き込まれていました。
パンフレットにもそのことは書かれていました。それを実際に目の前で繰り広げられる(といっても舞台は事件も起きるわけではなく淡々と進んでいきます)と、ふと我に返った時感嘆するばかりでした。

「カガクするココロ」と比べて密度が濃かったですね。同じ舞台の初演と千秋楽を見ているようです。もちろん「カガクするココロ」の出来が悪かったという意味ではありません。そもそも主題が違いますし。もし、どちらかだけ見るとしたらの意味で。

「カガクするココロ」の最後のシーンでなぜ女性だけだったか分かりませんでした。
「北限の猿」でも最後は女性だけでした。でも、全く違ったシーンでしたけど。それを見て謎が解けたというか自分なりに咀嚼出来ました。
「イブ仮説」は、人類の起源がアフリカにいた1人の“女性”ではないか?というものです。その女性はどこから来たかというと、はるか昔「猿」だったんでしょうね、おおざっぱですけど。そもそも人間は女性から生まれますし。この不思議な繰り返しは「女性」がキーワードだからああいう演出だったのではと思っています。
そして、それが「北限の猿」の最後のシーンで人間と猿との違い、進化の“ジャンプ”を戯曲という形で見たんだと思います。

観劇後、気になったことがあったので「北限の猿」の台本を買いました。
最後のシーンで歌われていた曲が気になったのですが台本には書かれていませんでした。係の方に尋ねたら沖縄民謡で有名な「安里屋ユンタ」という曲でした。

帰りに台本のあとがきを読んでいたら「北限の猿」に対する逆の見方が書かれていました。それは「南限の先進国」。平田オリザさんはこれを歴史の偶然の積算だと思わない、そうです。

ある大学の実験室の一コマを見てきました。運がよいことに2回も。
そこで見てきたことはカガクする人たちの特別な一コマでなくては、本当はどこにでもある普通の一コマ。
北限と南限に挟まれてカガクとはかなり離れていこうとする国において駒場という場所で、それは金だけの問題ではなく科学だけの問題ではなく人間の営みの問題なんだと突きつけられたようでした。

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