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「おおすみ」40周年記念シンポジウム

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2月7日は、東京都は上野の国立科学博物館で行われた「おおすみ」40周年記念シンポジウム 日本の宇宙科学の歴史・ペンシルからラムダ、ミュー、そして未来へ および企画展 に行ってきました。

午前中は記録映像上映会、午後はシンポジウムという1日コース。
シンポジウムがあることに気がついたのが遅かったのでダメ元で応募したらなんとか参加出来ました。
相変わらずの今更ですけど、盛り沢山のたのしい1日でしたので書いておきます。

午前10時から記録映像上映会は、『ペンシルからM-Vへ ロケット開発のあゆみ』と『M-V宇宙へ』の2本。
いずれも貴重な映像のオンパレード。当時の関係者の貴重な話しを今の時代にこういうシンポジウムで見るとまた格別なものですね。
(映像の一部は、宇宙科学研究本部の<日本の宇宙開発の歴史[宇宙研物語]>やJAXAの<映像ソフト貸し出し・ロケット>から見ることが出来ます)

上映会は、シンポジウム受付開始後にも『L-4S-5/おおすみ』がありました。これはたぶん初めて見たと思います。
日本最初の人工衛星「おおすみ」打ち上げまでものすごく丁寧に描かれていました。打ち上げロケットのラムダロケットもそこまで説明するのか!くらい各装置・機器の解説付き。
上映された3本の映像は、ぜひDVDで発売してほしいですね。「おおすみ40周年」というチャンスだと思うんですが。

話しは前後して、シンポジウム受付は12時。上映会が終わった後、地球館で行われてる企画展示を見てきて戻ってきたら長蛇の列が出来ていました。

受付で資料をもらって講堂に入るとパンフレットなどいろいろ置かれています。
なんと、「ISASニュースNo.310「特集:性能計算書とM(ミュー)の衛星(こども)たち」と「はやぶさ君の冒険日誌」2010年バージョンがあるではないですか!

このISASニュース欲しかったんだよな。ネットからPDFで見ること出来るんですけど、宇宙研のロケット・人工衛星にまつわる裏話とか性能計画書の“ラベル”とか是非本誌で見たかったんですよ。ありがたくいただきました。
(現在、両方ともこちらから見ることが出来ます。<ISASニュースNo.310><「はやぶさ君の冒険日誌」>)


13時シンポジウム開始。120名という定員どおり会場は満席状態。
司会は、宇宙科学研究本部 対外協力室の阪本成一先生。
シンポジウムと企画展の説明がありました。シンポジウムは、申し込み開始から24時間で満席になったそうです。

宇宙科学研究本部・本部長小野田淳次郎先生の挨拶では、過去を振り返りながら将来の日本の宇宙科学・宇宙開発について展望を語る、あるいは考える切っ掛け材料にして、とありました。

続いて、国立科学博物館理事の北見耕一さんから挨拶。今年は日本で動力飛行が成功して100年目にあたり、その100周年を記念する特別展を10月26日から開催することを考えているそうです。JAXAの協力もあると言葉がありましたのでこちらの特別展も楽しみです。


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トップバッタは「50年後の『おおすみ』は?」と題して秋葉鐐二郎先生から。
50周年のおおすみを考えたいと、この題名にされたそうです。

海外だと、だいたい50周年はやるんだけど日本の40周年は珍しい。でも、日本は40周年をやった方がいい。40周年を過ぎると当時の関係者が亡くなられるので、だそうです。ペンシルロケット40周年の時は糸川先生を招いての講演があったそうです。(笑って聞いていましたけど、これがあとで本当にそうだと思い知らされました……)

「おおすみ」誕生に至る経緯を「事始め」から始まってラムダロケットの打ち上げの経過、数々の失敗の解説を交えてありました。このラムダロケットの失敗があったから次のM(ミュー)ロケットにつながったそうです。ちなみにラムダロケットは、当時のお金で1機1億円。
秋葉先生は、「1億円を超えると政治問題になってしまうんですよ」と糸川先生から聞いたそうです。半年間で次々打ち上げてあせりのようなものはこれが背景にあったのでは、と言っておられました。

「おおすみ実験の意義」では、秋葉先生らしく忌憚なく評価を出されていました。最小規模で衛星打ち上げの新技術獲得。科学衛星時代の幕開け、宇宙開発事業団の設立、漁業問題の発生……。当時の関係者ですから色々ご存じで目一杯話されていました。

次世代の宇宙活動は国から民間への内容では、「1キログラムの衛星を100万円で打ち上げる回収型機体を実証」をおおすみ50周年事業としてやったらどうですか、と提案されていました。期限はおおすみ50周年まで。
懸賞金付きのアイディアでこれは面白いかも。打ち上げ金額と回収型はむずかしいかもしれないけど不可能ではない話しだと思います。

「おおすみは新時代の衛星時代の突破口になった」「現代的に50周年に次世代宇宙計画の突破口を今から準備する」というお言葉で講演をまとめられていました。


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続いては、的川泰宣先生の「M(ミュー)が拓いた世界」
博物館入り口で入場料を払おうとしたら無料ですと言われたとか。講演者だからだと思ったら65歳以上は無料なんだそうで、とつかみで笑いを取って始まりました。

タイトル通り、おおすみ打ち上げから始まってMロケットと打ち上げられた人工衛星・探査機の活躍を当時の裏話や性能設計書のラベルの逸話も交えて講演されました。

この中で悲しいお話しが。秋葉先生の講演でも出てきた50周年までに関係者がなくなられるではないですが、おおすみ打ち上げ当時に地元で尽力された婦人会長田中キミさんがシンポジウムの一昨昨日に亡くなられたとありました。糸川先生と同い年で98歳だったそうです。おおすみ40周年のためにニュース原稿を書いてもらっていてそれが絶筆になったそうです。なんてこったです。改めてご冥福をお祈りします。

Mロケットでおそらく一番印象に残ったのがX線天文衛星「はくちょう」(79年)と上げられておりました。
76年のX線天文衛星「CORSA」の失敗を受けての打ち上げだった「はくちょう」 この打ち上げ後、世界中のX線衛星が次々故障して「はくちょう」は世界中の宇宙からやってくるX線情報を独占。これで一挙に日本の宇宙科学は世界の舞台に駆け上がったそうです。
ちなみに、この件で日本が妨害電波を出しているのではと新聞に書かれたとか。

Mロケットの集大成M-V(M5)ロケットについてこんな話しがありました。
M5自体もうMロケットは言えないくらい大きなものでK(カッパ)L(ラムダ)M(ミュー)ときたらNになるはずなんだけど、こちらはすでに宇宙開発事業団(当時)が使っていました。まあ陰謀ですね、とか的川先生が飛ばしていました。(あとで知ったのですがどうも陰謀とまでいかないですけどそうだったらしいですね、この話し)

日本の科学衛星の活躍を世界の衛星と比較しながらでの話しでは、日本は大変健闘している。「はやぶさ」なんかJAXAだったら承認されないミッションだったとありました。
ちなみに、この時的川先生がある理由で日本各地をまわってきて……。いろいろ裏話はあるもんです。

まとめには心と宇宙教育の話しをされました。
やはり宇宙を成り立たせるのは、宇宙に取り組む人たち宇宙を応援しようという人たちの気持ち。そこを基礎にしていかないと結局日本の宇宙開発は大きく開花していかないのかな、とそんなことを考えていたそうです。
そういうことからNPO法人「子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)」を設立されたとありました。
年を取ると何でも言えるようになったとかで協力出来るならよろしくと宣伝兼ねて講演をまとめていました(笑)


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最後の講演は、次期固体ロケット(イプシロンロケット)プロジェクトマネージャの森田泰弘先生の「日本のロケットの将来像 ~イプシロンロケットとその先~」

イプシロンロケットがやっと開発に移行出来そうな状況になってきたとうれしい内容から始まりました。それからイプシロンロケットという名前の由来は、内之浦から打ち上がったときに聞かせていただけるそうです。

講演内容は、いつもの日本の固体ロケットの歴史から始まってMロケットの集大成M5ロケットで得られた成果、イプシロンロケットのコンセプトとここまでいつもの講演と同じでした。なんでも落語と同じで途中をはしょると調子が出ないからだそうで。
新しい内容としては、「マルチ・ローンチ・システム」や「固体ロケットのさらなる発展の戦略」とおいしい話しを聞かせていただきました。

マルチ・ローンチ・システムでは、地球低軌道打ち上げ能力約1.2トンに対して主衛星500キロだった場合、ミニ衛星(50キロ未満)マイクロ衛星(5キロ未満)を複数一緒に打ち上げるというものです。概念図が紹介されていましたけどかなりの数が搭載できそうなシステムでした。
ちなみにマイクロ衛星はM5ロケットのサブペイロードと同じ扱いですが、毎回オーダーメイドだったのでイプシロンロケットではインターフェースを標準化して乗りやすくするそうです。

「さらなる発展の戦略」では、飛行安全も自立化を研究しているそうです。それによって地上設備もコンパクト化できるとありました。
JAXAのお約束だと地上レーダは2台必要と決まっているそうです。高性能なレーダなので1機4~50億円とか。このあたりを自立化コンパクト化していくことを先読みして取り組んでいるそうです。

また、固体ロケットの製造プロセスの効率化・製造設備のコンパクト化も上げられていました。固体ロケットを製造する過程は、一気に作らないと行けない作業は後戻り出来ないのが現状だそうです。低融点推進薬というものを研究しているそうでこれが出来たあかつきには、作業自体も効率化出来ることはもちろんのこと、製造設備が小さくなる稼働率が上がる人件費が下がるという好循環が生まれるそうです。

ロケットに搭載される電気製品に関しても研究を進めているそうで、ロケットの値段を下げるために民生部品をいかに効率よく柔軟性を落とさずに使っていくか研究を進めているそうです。
しかし、ZigBeeが出てきたときは驚きましたね。いまじゃあ数千円で手に入る無線通信デバイスです。そんなものまで研究範囲に入れているとはイプシロンロケットから先の固体ロケットも凄そうなものが出来そうです。

ちなみに森田先生のプレゼン画面の両隅にいつもこんな文字が表示されていました。
「Rocketboys & girl ambitious!」「Be the best!!」


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「意見交換」は、講演された先生方に小野田本部長も交えて行われました。
液体ロケットやら有人やら質問があったり、講演中に出てきたエアーロンチについてコメントを求めたりでなかなか濃い内容でした。
また、東海大でロケットを打ち上げている学生さんからは国が作った衛星以外の打ち上げ手段に関する質問がありました。確かにピギーバック以外ではそういう打ち上げが今までなかったですね。

予定時間をちょっと超えてシンポジウムはお開きになりました。
「はやぶさ」が返ってくる頃大々的なイベントを考えているそうです。


ちなみに企画展はこんな感じです。駆け足で回ってきたので写真だけ押さえてきました。

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企画展の場所は、国立科学博物館・地球館2階。

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ただのバインダーではありません。背表紙に「L-4SC-1号機実験報告」「M-4S-3号機実験報告」など見えています。中が見たい!

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ベビーロケット。糸川先生との写真付き

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固体ロケットの点火器。ちょっとやそっとでは火がつかない固体燃料に火を付ける装置です。こんな形状だったんですね。

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企画展の会場はスペースが狭い……。でも、物量戦で資料やら機器が置かれていました。

まとめにちょっと。
今回のシンポジウムを知って真っ先に思ったのは“たった120人!?”でした。
日本最初の人工衛星があがって40周年のイベントとしてはちょっと規模が小さいんではと思いました。だって某所のイベントでもこれくらい集まっていますし。せめて、500人規模でのイベントとして企画出来なかったですかね。 誤解の無いように書いておきますけど、講演中にこのイベントの企画が上がってからの一連の流れはお話しはあって聞いております。
それを指摘しているのではなくて、組織としての企画力ってこれくらいなの?です。ここら辺ってロケット・人工衛星の次がなかなか進まないことと関係しているのでは、と勝手に解釈しています。

変わらないことで得られるメリットって何でしょうね?
意見交換中に出てきた秋葉先生の「宇宙の人たちが地に足がついている」はなかなか面白かったですね。的川先生も「日本が変わらないと宇宙も変わらない」とも言っておられました。

今回のシンポジウムでは変わることによって得られるメリットをたくさん聞きました。
日本が変わらなくても日本の宇宙開発は良い方向に変わってほしいですね。今回のシンポジウムは大変楽しかったし色々考えることになりました。
そういう意味ではこのシンポジウムは大変意義がありました。またこういうシンポジウムを開いていただきたいですね。


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国立科学博物館裏手に展示されている「おおすみ」を打ち上げたL-4Sロケットとランチャー。

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