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トンデモない話から

学生の頃、一番人気のない教授がこんなこと言っていました。ちなににこの教授の専門は西洋哲学 。
「日本人は農民の遺伝子が組み込まれてから西洋哲学が分からない」
ずいぶん昔のことなのでどういう意味で言ったかは覚えていません。この通りだったかも定かではありません。教授の話を聞こうとしない学生たちに嫌味で言ったのかもしれません。

遺伝子にそんなもの組み込まれているわけないだろうと飽きれながら聞いていたような気がします。第一そんなの科学的に間違っているし。
でも、いまだに頭に残っているのは一理あるのかなと思ってしまっているからでしょうか。私の弱点ですね、何でもそれなりの理由がありそうだとつい信じてしまうのは。

日本は、海に囲まれ山があり四季があります。梅雨まで入れれば5つの季節があると言ってもよい。そのおかげで海の幸山の幸にありつけ水源にも恵まれています。
転じて考えれば、気候変動が激しく自然災害が多い。災害や飢饉などで食うに困る。死なないかもしれないけど生きられないかも……。日頃の蓄積も自然の前には対応できないか難しい。「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨」程度のものでは太刀打ちできない。

こんな環境で世代を交代していくと生き残るには、長いものにまかれる、他人を羨ましくを通り越して恨む、変化を嫌って保守的になる、とか行き着きます。まるで遺伝子に組み込まれているように。つい、そんなことを信じてしまいそうです。

たぶん、農民なんて概念が生まれる古代からつい最近までこんな状況だったのでは。
でもですね、おおざっぱに19世紀に科学が使えそうだと分かって、20世紀に科学を使うことを覚えて、今や輝ける21世紀。
宇宙開発ファンですからこのたとえ話が好きなんですが、気象衛星を打ち上げる前と後では自然災害で命を落とす人は極端に少なくなった、と言われています。科学って凄いし使えますよね。

科学ってもっと日常的に使えませんかね?
別に科学を盲進しろとか信仰しろとか絶対正しいとかではなくて、長いものに巻かれる、右にならえ、昼間は喧喧諤諤で議論が合わなくても夜になったら一緒に一杯やって「あれどうしようか」とかの習慣のひとつとしてです。
科学だって、21世紀はおそらくデータをせっせと集めることが分かる時代で、それから先の世代で本当に使えるのはないでしょうか。万能にはほど遠いです。「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨」よりはかなり進んだと思いますけど。だからといって今使わない理由が思いつかない。

ここで「科学」という言葉を使っていますけど厳密にはこの言葉で言いたいことが合っているかは分かりません。
でも、一番近い言葉がこれではないかなと思って使っています。
それで、科学がもっと身近なものとして使ったり使われたり日常のすぐ隣にあるようになればなと思います。
最近見た戯曲にありましたけど、遺伝子という乗り物で伝わるのでなく文化というもので伝承されていく(だったかな?)という手法で進んでいきませんか?
もしかしたら22世紀くらいに遺伝子の中に何かが見つかるかもしれませんし(笑)


1年に1回、いつものやつでした。

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