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ロケットまつり外伝「衛星まつり3」

2008031501

相変わらずの今更ですが2月3日に東京は新宿の「ロフトプラスワン」で行われたロケットまつり外伝「衛星まつり3」に行ってきました。
前日からの雪で現地に行けるかと危ぶんでいました。天気の様子を見ながらぎりぎりに行ったらいつものようにすでに満席でした。でも珍しく良い席に座ることが出来ました。

今回は、前回の「衛星まつり」での予告通り「人工衛星」についてたっぷり聞けました!

定刻の19時半にロフトプラスワン・プロデューサの斉藤さんの挨拶からスタート。

司会者は松浦さんあさりさんそして笹本さん。3人そろっての「衛星まつり」は初めてですね。
さっそくゲストの小野さんが登場されました。当日は節分だったので「これだけの人がここにいるのはおかしい」とありましたけど「でも私にとって福の神」と始まりました。

さっそく会場に小野さんからのお土産が回覧されました。なんと、人工衛星の資料です。回ってきたのは1冊ですが、資料全部で7メーター43センチにもなるそうです。
開始早々良いものを見させてもらいました。

小野さんは、毎回この人がいなかったら日本の宇宙開発は進んでいなかったという人を紹介されます。
今回は、2007年11月に亡くなられたNEC元会長の関本忠弘氏のことを話されました。
日本の宇宙開発の初期に貢献された方で、小野さんがNECに勤めていた頃は親しくしていなかったそうです。でも、退社後に関本さんの研究会に呼ばれておつきあいが始まったそうです。

続いては、小野さんの人生年表を見ながら人工衛星との関わりの説明がありました。これから話される元宇宙開発事業団(NASDA)が打ち上げた「きく1号」への前振りですね。
東大時代に6機(ほぼ同時に!)の衛星、宇宙開発事業団時代に3機の衛星に関わられていたそうです。もちろんそれぞれの衛星には担当者がいるわけですが小野さんは何らかの形で関わっていたそうです。

今回の話しは、NASDAの技術試験衛星I型「きく1号」でした。
なにせNASDA最初の衛星。分かる人がほしい。ということでNECに発注が決まったと同時に小野さんも一緒に納品となったそうです。
ちなみに小野さんは人工衛星のことを“ほし”と言われていました。格好良いですね。

ここからはあまり書くといろいろあるでしょうから(笑)簡単に。


・NASDA初期は色々な組織から人が集まっていたそうです。それぞれの母体の気風を引き継いで……、とか。
・昼間の会議ではケンケンガクガクだったことも、「夜の会議」になると「あの話し本当はどうなのさ」となってどうにかなった、とか。
・小野さん初登場の「衛星まつり」でなんで「きく1号」と日本最初の科学衛星「しんせい」の写真を列んで紹介したのか、とか。これは言われてみればなるほどでした(笑)
・構造体モデルがあんなことで○○してしまった(!?)でも大丈夫(!?)の話し、とか。
・「きく1号」をあちらこちらの施設で試験するので、“衛星試験専門車”を作って同行させた話し、とか。
・種子島に打ち上げ前に入ったら、衛星は順調すぎて○○だった、とか。
・「きく1号」は、軌道投入3ヶ月後で90パーセントの生存率で設計されていました。実際には非常に良く出来ていて実験が終わった後でも地上局の練習に使われたりと活躍。7年目に混信がひどくなったので運用停止した。もしかしたらまだ生きているかもしれない、とか。


予定時間を30分オーバーして22時半過ぎにお開きとなりました。
「きく1号」が製作され無事打ち上がり運用停止するまでの話しを聞くことが出来ました。特に打ち上げ当日の管制室にいた小野さんを話しは臨場感があって良かった。
ロケットまつりではだいたい話しが飛んでいって1回のトークライブではまとまらないのが常ですが(笑)今回は見事にまとまりました。

小野さんが携わった「ほし」はまだまだあります。これからの「衛星まつり」が楽しみですね。
毎回楽しい時間をありがとうございました。

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