« ラジオサーバー VJ-10 | トップページ | 手間かけていますか »

「火宅か修羅か」

お正月に青年団の公演があると知って行ってきました。


青年団第55回公演『火宅か修羅か
作・演出:平田オリザ 東京公演 2007年12月21日~2008年1月14日


会場は、東京は駒場の「こまばアゴラ劇場」。去年の5月以来です。
時間になるとかなりのお客さんが集まってきました。

会場は、舞台のすぐ目の前にあってちょっと狭い感じで満員でした。
開演前からすでに舞台には俳優さんたちが演技を行っていました。
時間になると空調を切った状態で始まりました。

舞台は、旅館のロビーです。そこへ訪れた人、泊まり込んでいる人が出入りする。
そこに大きなイベントも事件も起きるわけでなく、それでもあっという間の90分が過ぎました。
現代口語劇の知識はありました。でも、前回観劇した「東京ノート」とまた違ったものでした。

旅館のロビーという空間は、他の施設の待合所などと違って人との距離が近くに感じました。
同じ旅館を利用しているという共有感があるからでしょうか。
そこで交わされる会話には、他人なんだけどそれよりも少し近い関係性が戯曲のリアルさを増していたように感じました。

この寒いのに空調を切って大丈夫かと一瞬考えていました。でも戯曲が進む中でそんなこと気になりませんでした(実際にライトなどの熱で寒いということもありませんでしたけど)
静かな空間で普通に交わされる会話にのめり込めました。その中ではっとする台詞・仕草が増幅されて見えました。

舞台と観客が近いという点も狭いとかというよりも、自分が同じロビーの脇にでもあるマッサージチェアーかなんか利用していて眠っているふりして他のお客さんの会話を聞いているようでしたね。
こっそり笑って、ちょっと居づらくなって、その場にいる不思議さを味わいました。
たぶん普通のホテルでも1年間で起きるようなことがこの90分で起きているんでしょうね。


戯曲を見終わって、渋谷で買い物をしました。
街を歩いていると、人々の会話よりどこからか流れてくる音楽が耳につきました。
以前、この戯曲を書かれた平田オリザさんがご自分の戯曲で音楽を使わない理由を言っていたのを思い出しました。
「誰の責任で音楽流しているんだ?」

音楽を音楽として聞くのは大好きです。
でも、何気なく流れてくる音楽は、人々の会話を妨げることはないのでしょうか?
「火宅か修羅か」で何度も交わされたぎこちない会話を思い出しながらそう思いました。

次回もチャンスがあったら必ず見に行こうと思いました。


2008010611
「火宅か修羅か」が公演された「こまばアゴラ劇場」


|

« ラジオサーバー VJ-10 | トップページ | 手間かけていますか »

「文化・芸術」カテゴリの記事

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/49026/17604066

この記事へのトラックバック一覧です: 「火宅か修羅か」:

« ラジオサーバー VJ-10 | トップページ | 手間かけていますか »